クリスマスとは無関係の話

 

2017年もあと一週間。今日はクリスマスイブだ。これから少しだけ重い話をするのでなるべくみんながクリスマスに浮かれてこの文章を読まなければいいなと思いながら文字を打っている。クリスマスにはまったく関係ない、2017年の話と来年の目標について。

 

今年は人生で初めて北海道と鳥取へ行って、何年振りかに仙台へも行った。まあ仙台に滞在したの15時間くらいでしたけど。そういえば年の初めは部屋に露天風呂がついた贅沢な温泉旅行とかもしたな。遠出をたくさん出来て楽しい年だったけど、同時にたくさんのことで悩んだし、自分にも自分の周りにも変化があった年だった。

 

学生バイトの頃から数えて4年目に突入した販売員という職業にはもはや慣れきっていたし、入社して1年が経とうとしていた当時の職場環境にもとても馴染んでいた今年の春。ある程度好きなときに休みをとれて、自由にライブにも旅行にも行けていたし、バイトなので時給だしボーナスもないけど実家で暮らして趣味にお金を費やしていくには足りる収入で、仕事に対して大きなやり甲斐も将来性も感じていなかったけどしばらくこれでいいかな楽だし。と思っていた。

ちょうどサカナクションが精力的にツアーをまわっていたときで、ほぼ思いつきと勢いで仙台公演へ行ったり、鳥取へ行くことも決めて、更にはツアーファイナルの福岡へも行こうかなんて考えていた。夏の北海道旅行へ向けて航空券を買ったりフェスの為に新しい服や道具を新調していたのもこの時期。貯金は出来ていなかったにせよ、これだけの出費で特にお金に困っていなかったのだけど当時わたしの経済はどうやって回っていたのだろうか。

そうやって好きなことに時間とお金を費やしていたとき、父に病気が発覚した。わざわざ病名をここに書くことはしないけど国民三大疾病と呼ばれるもののうちのひとつ。わたしが今年仕事を変えようと決意した理由は言うまでもなくこれだ。

 

なぜ父に病気が見つかったから仕事を変えようと思ったのかと言うと、今のわたしの安定且つ楽しい暮らしは父が健康で仕事を続けて我が家の大黒柱であるという条件の上で成り立っているから。

わたしはこのままいくとおそらく結婚できないし、どう考えてもわたしよりも先に両親がこの世界から居なくなってしまう。いつ独りになるかわからない。もちろんその時が少しでも先であって欲しいけど未来がどうなるかなんて誰にもわからない。父のことだって本当に突然のことだったし、発見が遅ければ当然命に関わっていた。そう考えたときに、わたしの「自由で誰にも構わず好き勝手に生きていい時間」は呆気なく崩れることになる。

何かあったときに一人で生きていくための力と財産を手にしなくてはいけないことに24歳にしてやっと自覚したというわけだ。

 

とは言え、転職活動に失敗して2ヶ月間ニートをやってしまったのでお前は本当に何やってんだと言われても仕方がない。

会社に退職を申し出る前、実は両親に一切相談しなかったし、周りの友人などにもほとんど誰にも話さなかった。人に相談するにはどうしても父のことを話さないといけなくなるし、そうなると話が重いし、そもそもわたしには友人がとても少ない。退職日が決定したあとにようやく両親に報告してちょっとだけ叱られた。

 

新しい仕事をはじめてもうすぐ2ヶ月が経ち、同時に2017年も終わろうとしている。仕事を変えたことが果たして正解だったのか、まだわからない。結局わたしは目先の収入よりもこの先の人生のためを考えてやりたいことを優先させたので新しいところでも正社員じゃないし。ここからが踏ん張りどころだと思うし、両親が元気なうちにちゃんと親孝行したい。でもひとり娘が出来る一番の親孝行って仕事で一人前になることよりも結婚して孫の顔を見せることなんだろうなぁ。それはちょっと難しそうなのでやっぱり仕事で頑張るしかない。

 

当たり前に過ごす日常が当たり前じゃないということ、わかってるつもりだったけど全然わかっていなかったし、こういう状況になってもイマイチまだ現実味がないので相変わらず父にはそっけない態度をとってしまう。何か起こってから後悔したって遅いと確かに思ったはずなのにね、わたしはつくづく愚かな人間だ。来年はもう少し素直になること、人(特に父)に優しくすることを目標に生きたいと思う。

 

 

 

2017年をこんなオチのない話で〆るのも何なので、もうひとつしょーもないブログでも書くことは年内の目標にしようかな。